映画「在日」河正雄撮影資料◆

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企画段階の映画「在日」はメインタイトルが「戦後在日50年史」でした。

ドキュメント
映画「戦後在日50年史」
(仮題)

  


企画概要
1995年7月

映画「戦後在日50年史」(仮題)製作委員会

●はじめに
今年1995年、「在日」は「解放50年」を迎える。
日本の敗戦によって36年間におよぶ植民地支配から解放
された多くの朝鮮人は祖国・郷里へ向け帰っていった。
そんな中、さまざまな理由で帰国を断念した「在日」は
戦後50年、いま日本社会で生きつづけ、現在もその中に
ある。
日本による植民地支配から数えて1世紀近く、解放から
数えて半世紀もの歳月が流れようとしている。当然世代
交代は進み祖国体験をもつ1世の人口は10%を切ったと
きく。もはや「歴史」として語られるものもあろう。
その長い歴史の中で、「在日」は政治的・運動的・民生
的にさまざまなできごとや事件を体験してきた。
この戦後の流れを「タテ軸」にし、その歴史を懸命に
生きてきた「在日」の庶民・家族の生きざまを「ヨコ軸」
にして映像ドキュメントすることにより、過去から現在、
そして「在日」の未来を志向しうる作品としたい。と同時に
次世代にも継承しうる作品をめざしたい。

●概要

a.映画仕様
 −16ミリ映画/上映時間50分(予定)

b.上映方式
 −上映会を中心とする
 −フィルム・プリントの販売
 −ビデオ化を検討中
 ー小劇場(数十人規模)でのロング上映も考慮中 など

c.製作主体
 −映画「戦後50年史」(仮題)製作委員会
 −協力:OH企画、アズマックス、一隅社、アートン

d.予算規模
 −制作費 5000万円(予定)

e.スケジュール
 −1995年11〜12月完成予定
 −撮影は10月までと考えている

f.資料映像の提供・収集
 −個人所有の記録フィルム
 −アメリカ公文書館
 −日本の各ニュース映画(日本ニュース、NHK、読売国際ニュースほか)
 −各団体などの保存フィルムなど

●構成案

@プロローグ
 朝鮮民謡「アリラン」の変奏曲が流れる
 関門海峡を渡る船
 下関 ー 入港する船
 すべての「在日」はこの海峡から始まった....

A解放 1945.8.15から1995年
 日本の戦後50年目のさまざまな光景

B戦後在日の50年をふりかえる
 インタビュー、ニュース写真、ニュースフィルム、新聞記事
 資料などを織り混ぜながら、50年をふりかえる

C金性鶴の母「鄭ビョンチュン=金本春子」

D河正雄の在日
 −8.15ソウルでの記念式典
 −光州市立美術館
 −田沢湖畔での慰霊祭
 −ロングインタビュー

E在日群像
 −李鎮哲
 −尹青眼
 −新井英一 ほか

F指紋運動のその後

G在日の未来は?

映画「戦後在日50年史」の製作に向けて

在日は1995年「解放50年」を迎える。
1945年、日本の敗戦によって、36年間に及ぶ
植民地支配から解放された。「在日」は、この50年間
日本社会で生きつづけ、現在もその中にある。
いま植民地支配から数えて1世紀近く、解放から
数えて半世紀もの歳月が流れようとしている。
思い起こせば、あの「解放」というめくるめく歓喜
もつかの間「祖国」はふたつに分断され、「在日」も
また「祖国」の写し絵のように激しい対立と不信に
灼かれ、そのために、「在日」は常に峻別され、あらかじめ
同胞との繋がりを失った者として生きざるを得なかった。
その結果、「在日」は今、自分たちの同胞がどこにいて
何を望んで生きているのさえ、お互いに見えない存在に
思えてならない。
さらに「在日」はあまりにも永く国家のエゴと時代の波に
翻弄されつづけながら生きてきた。そこでいま、そのような
在日としてしか生き得なかった自分たちの体験と心情に率直に
向き合い、その共有しうる心情の在処をもう一度
探ってみたいと思う。
そしてさらに「在日」が、これからもなお「在日」として
生きていくことの主体的意味とは何なのか?
また、「在日」が日本のみならず世界の歴史の中でどのような
存在として位置づけられるのか、そのことを過去と未来に
対する責任として考えてみたいのである。
「解放」から50年、「在日」は営々とこの日本社会に
生きつづけてきた。その生きてきた「在日」の歴史を、真に
自分たちの歴史としてつかんでみたい。さまざまな思いを
抱きながらこの地で生き、そして死んでいった多くの人々を
深く心に刻んで忘れないでいたい。
そういう「在日」の人々に思いを寄せながら、やがて来る
「解放50年」を展望し、それらを映像でつづる衝動にかられ、
映画「戦後在日50年史」(仮題)をここに提案する。
この映画は「在日」にとっての戦後史にとどまらず、
日本人にとっての戦後史を問い直すことにもなるであろう。
そして「解放から50年」と「敗戦から50年」のこのふたつの
「50年」がぶつかりあう1995年に向けて、それぞれの歴史的な
責任をこの映画を通して明らかにしたいと思うのである。
この映画制作の志に共感する多くの人の熱い支援を求めてやまない。

(映画制作委員会(準)の活動開始にあたって)

◆河正雄(ハ・ジョンウン)の故郷・田沢湖(秋田県)ロケ◆
在日二世・河正雄(1939年東大阪生まれ)にとって「祖国(ふるさと)」とは何か?
その一端をさぐる目的で、今回秋田県は田沢湖町へロケをくむ。
河正雄は自らの多感な青少年時代を過ごした田沢湖町をこよなく
愛し、そして両親の故郷である韓国の光州(霊巌)を愛し続ける。
河正雄の郷土愛は抽象的・観念的ではなく、実に具体的である。
例えば、韓国光州には祖先の墓碑を建立し、光州市立美術館に絵画を
寄贈し、光州市の盲人施設の建設に尽力し、光州名誉市民章を
贈られるほどである。
一方、河正雄は田沢湖畔に建つ「姫観音像」(1939年11月建立)の真実
の由来、つまり1940年に完成した生保内発電所建設に係わる
田沢湖導水路工事で犠牲になった多くの朝鮮人労働者を慰霊する像で
あったことをつきとめ、田沢寺(でんたくじ)に(朝鮮人無縁仏慰霊碑」を
建立し、毎年秋、地域の人々と共に法要と慰霊祭を催している。
更に、田沢湖町図書館に河正雄文庫を開設し、母校である生保内
小・中学校には「記念像」寄贈している。
そして、地元の民族歌舞劇団「わらび座」の韓国公演と交流に力を
注ぎ、将来的にはダム建設時の飯場跡に「在日」の画家たちの作品
を中心とした美術館「田沢湖・祈りの美術館」を建てるという。
河正雄の「故郷」に対する情熱はとどまる所を知らない。
在日朝鮮人二世である河正雄にとって、それ程までに具体的実践を
通して思いを込める「故郷」とは何であろうか?
「在日二世・河正雄」を通して戦後50年を生きてきた「在日」のひとつの
姿を描きたい。

※「無窮花(ムグンファ) ふるさとを田沢と呼ばん 彼岸花」 河正雄
※「ふるさとの 山に向かいて 言うことなし
                 ふるさとの山はありがたきかな」 啄木
※「石をもて 追はるるごとくふるさとを
                 出でしかなしみ 消ゆる時なし」 啄木

〇撮影対象
実景ロケ
@秋田駒ケ岳全景
A田沢湖全景(例えば駒ケ岳八合目まで車可)
B田沢湖畔姫観音像及び湖面・湖畔など
C生保内発電所及び導水路
D田沢寺実景と「朝鮮人無縁仏慰霊碑」
E生保内小学校・中学校と像「憧憬」
Fわらび座、他
わらび座公演風景

○撮影スケジュール
95年10月20日(金)
※撮影隊
AM7:00 OH企画出発 ⇒ 夕方頃、田沢湖町着予定
※先発ロケハン隊(呉・本田・金昌寛)
AM8:00 東京駅発(やまびこ1号) ⇒ AM10:36 盛岡駅着(17分待ち合わせ)
AM10:53 盛岡駅発(たざわ5号)  ⇒ AM11:27 田沢湖着
⇒ 撮影スケジュール調整・検討及びロケハン
PM14:00〜16:00 わらび座公演あり
夕方 釜山文化使節団懇親会あり
宿泊先 田沢湖サンライズホテル

10月21日(土)
実景ロケーション(河正雄の説明、インタビューをまじえて)
PM14:00〜16:00 わらび座公演
宿泊先 わらび座ホテル

10月22日(日)
AM11:00 朝鮮人無縁仏法要(田沢寺)
PM12:00  姫観音での慰霊祭
PM13:00 直会 ⇒ 住職ほか関係者各氏にインタビューあり
⇒ 夕方・出発 ⇒ 夜遅く東京着予定   以上

※このようなスケジュールで撮影が行なわれました。

放映後の紹介文(2003.6.29)
「在日」
●解説
この映画『戦後在日五〇年史「在日」』は解放から50年に及ぶ在日
の歴史を映像化すべく企画された。いちはやく「映画製作委員会」が結成
され、、製作費はすべて有志による貴重なカンパで賄われた。製作に2年余り
を費やしたこの映画のロケは北は青森、秋田から南は九州の佐賀、福岡、
そして下関、広島、神戸、福井、長野にも及んだ。さらにカメラは海外
にも渡った。韓国はソウルでの光復50周年祝賀式典」を活写し、急遽その
足でワシントンDCに飛び、戦後史資料の宝庫といわれるアメリカ国立
公文書館での貴重な資料撮影を敢行した。また、解放直後の在日朝鮮人の
動向に深く関わった元GHQ担当官たちの証言などをカメラは執拗に追う。
そこから戦後の冷戦構造と南北「祖国」によって翻弄される在日像を
あぶり出し、併せて「戦後の在日朝鮮人運動と日本の超国家主義」にまで
肉迫する。また、この映画では在日の一世、二世、三世を象徴する人物を
ドキュメントしている。80歳を越えてなお、景品交換所を営み、波乱の戦後を
生き抜いてきた済州島出身ハルモニ・鄭秉春。祖国「韓国」と出身地「秋田」
双方を「ふたつの祖国」と慈しむ河正雄、歌「清河への道」で自らの在日の
彷徨と軌跡を見事に表現した新井英一、この二人は共にこの地で生をうけた
在日二世である。さらに、テレビ局の報道カメラマンとして現場を駆けまわる
玄昶日、陸上十種競技でオリンピック出場に希望を馳せる金尚龍、
「にあんちゃん」の作者・安本末子の娘で、海外での農業を志す李玲子は母の
故郷・大鶴炭鉱跡を訪ねる。彼らはみな次代をになう在日三世である。
この映画「在日」は戦後50年のさまざまな事象を描写しながら、「在日の軌跡」
を映像化するという壮大な試みに、初めて真正面から挑戦した作品である。

呉監督から

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まだ映画「在日」を見ていない方はぜひ、鑑賞して頂きたい。
国とは何なのか?また平和のありがたさを改めて見つめ直すには
最高の作品である事は間違いない。管理人