◇真如◇

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真如

 私は神社や寺院が好きでよくお参りする。取り立てて信仰と信心が深いとは言えないが、お参りした後で清々しくなり、自己を見つめる真摯な気持ちが湧いてくるからだ。神域、寺域に入るとそこはかとなく深遠なる世界が、宿っていて神秘を感ずる。神霊や御仏の後光に抱かれ、今まで気付かなかった優しい人間に、導かれるような気持ちになれるから不思議である。よく神頼みや仏に救いを求めると言うが、苦しいときに救いを求めたくなる気持ちは理解できる。だが、私の場合は頼みや救いの祈りだけではない。

 二十数年前のこと、父母が四十六年振りに故郷に帰りたいというので、生地である韓国全羅南道霊巌を訪ね、祖先が眠る土饅頭の墓に額ずいた。その時父母と抱き合って有り難さで、泣いた涙の瑞々しさは、感動や感激という言葉では語り尽くせない。そして霊巌の名刹、月出山道岬寺では土饅頭の中で眠っていた祖母が、生前日本での私たちの幸せを絶やさず、祈っていたという話を住職から聞かされた。生前一度もあったことがなかった祖母、祖先の血の温かみは例えようがない、正に御仏のように思われた。

 生保内中学校時代の三年間。担任は松本正典先生であった。慈悲と勇猛心を解き善悪に厳しかった。良いことは皆で相談してやるように、悪いことは徒党を組むなと諭された。卒業の時、「世のため人のため役立つ人間になれ」と餞てくれた。不動明王の化身にも思えるその教えを糧として、生きてきたことは幸せなことだったと思う。

 母は慈しみ深い人である。「隠れてした悪いことは全てお天道様はお見通し。」「いま陽が当たらぬからと嘆くな、泣くな、恨むな。必ず照る日があるから忍べ。」と敬虔に神仏を信じ切っている。歳末のことである。戦前戦後、大阪と生保内で暮らしていた時分に、私たち家族を励まし、心を寄せてくれた方が亡くなって三十二年になった。お墓が大阪に出来たというのでお参りに行った。その足で四天王寺、高野山、智積院、東大寺、薬師寺、法隆寺と回り参拝したときに「施し(奉仕)に見返りを求むべからず。受けた恩を忘れるべからず。」と中宮寺門跡前の、掲示板に書かれているのを見つけた。肝に銘じさせる教えで、改めて身を引き締めた。

 二十世紀は戦争と破壊の世紀だったといえる。特に韓日間の歴史は不幸で在日の韓国朝鮮人は両国の狭間で辛苦の受難を受けた。二十一世紀はお互いの文化を認め合い情(誠心)を交わり合わす関係を結ぶ世紀となると信じる。慈悲と勇猛心、そして感謝の心こそ真如である。

あっちこっち25・イズミヤ出版(2001.10.7)

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