◇NPO法人「共に生きる国際交流と福祉の家」での講演E◇
もう一つ無知な事件の話をします。私の父母の田舎、韓国の霊岩のことです。ここは戦前には練兵場がありまして、日本人がたくさん住んでおり、たくさん桜の木を植えたんです。韓国一の桜の並木を作ったんです。 それが終戦と同時に、日本人が憎たらしいっていうわけで、霊岩の人たちはみんな切っちゃったんです。韓国一の桜並木を惜しげもなくバッバッと切っちゃった。今何本か残っています。忘れたのか、きる力が尽きたのか理由はわかりません。 実は桜の苗そのものは近くの珍島(チンド)から持って来て植えたんです。後で王仁(ワニ)博士の話をしますけれども20数年前に王仁廟を作る時に、桜の木をたくさん植えたんです。植える時に、第一に反対したのは誰かっていうと、韓国の人たちが反対しました。私が桜の木を植えるって言ったら、「何で日本の国花を植えるのか」と言って。日本の国の花じゃないんだと、珍島(チンド)から持ってきた花を植えるのであって。自分の国で生まれた桜だから。 日本の国の国花だからっていって反対するものじゃないだろう。じゃあ韓国の人は桜はきれいじゃないのか。きれいだと、美しいと・・・。何も桜は日本人だけの情緒じゃないですよ。アメリカ行ったって、ポトマックの河にいっぱい咲いてるじゃないですか。アメリカ一の桜の名所じゃないですか。 韓国の人たちが「わかった」と、私の言ったことを理解して、桜を植えましょうということになったんです。今、桜並木が再生されまして、王仁祭の4月になったら韓国でも有名なお祭りですよ。意識が変わってきた。歴史を知ったからなんですね。桜に何の罪があるんですか。見れば美しいに決まってるじゃないですかね。感情でバカなことをしてしまう、人間ていうのは実に愚かなことをするものです。 日本の愚かなことも言いたいと思います。ポトマックの桜の話ですけど、日中戦争の時、そして日本が戦勝したということで、ルーズベルトに感謝の意味を込めて桜の木を贈ったわけでしょ、ワシントンに。 贈ったんだけれども、虫のためにみんな死んでしまったんですね。それで翌年また千本贈ったんですね。それを植えたのがポトマックの桜です。そのお礼として、アメリカからハナミズキが贈られて来た。ところが日本ではハナミズキが植えられた跡形もないんですよ。「鬼畜米英から贈られた」っていうわけで・・・。今、小石川の植物園に2本くらい残ってるって話ですよ。そういう事実と愚行を日本は国民知らないのです。感情だけでお互いの立場を認識してしまう。 在日のことについてお話します。戦前、植民地時代は日本に200万もいたんですよ。戦後100万足らずと、だんだん少なくなってしまって、今はもう5〜60万でしょ。理由は一世が亡くなってしまった。今は5%以下ぐらいしかいない。私は二世ですから。二世、三世、今は五世の時代になっています。 私の家も四世の時代です。最近の人達は子どもはあんまり作らないですよね、今は少子化、それから大きく言えば、帰化をして日本人になってしまっている。在日はどんどん減っている。帰化は年に1万人ぐらいらしいですよ。どんどん日本人になっている。 帰化した方たちはどうしてるかというと、今日本で大きく活躍している人で有名なのは、孫正義社長ですよね。ITの代表的な方で、この方は在日の三世です。もう日本人に帰化していますが、お父さんの代までは在日韓国人でした。あとスポーツ選手だとか、それから芸能界、歌手、映画等で活躍してる人は多いです。本名を出して活躍してる人もいますけれども、日本名で・・・まあ帰化してしまったから日本名ですね、そういう人が多いですよ。もう数を挙げたらきりがないくらい同化していますから。在日は帰化して各々のところで活躍の場を掴んでいます。 さっき創氏改名の話をしました。私の生まれた年からは日本名を使えっていうことで、「河本正雄」。「河」に日本の「本」をつけて、「河本正雄」という名前で高校卒業するまで生き、高校卒業と同時に本名で生きて来ました。日本は戦後になって、差別条項が朝鮮人に多かったものですから。 だいたい300近くあったそうですよ。戦後60年の間に1つ1つその差別条項を撤廃するために、韓国人・朝鮮人は闘いましたよ。要求し訴えましたよ。こんな差別があっていいのかと。例をとれば、学校なんかも国立大学入れなかったですね。まあ私立大学はお金がいっぱいあれば入れたでしょう。ましてや国民健康保険なんかもありませんでしたからね。 それから住宅なんかも、国民金融公庫の融資も受けられなかった。病院に行っても保険なんてものもなかったし。そういう不条理を1つ1つ差別撤廃を要求しながら来て、今はほとんどなくなりました。ただ法的にはです。現実には差別はいろんな形で今もあります。 1つだけ、法的に残っているのは参政権の問題があります。私たちは日本国民じゃないんですが、日本の市民であるんです。市民権だけはある。市民権をアピールする、存在を示すことができる参政権がない。ということで、参政権が大きな課題になっています。 私は本名を名乗った時に言われましたよ。「何でそんな差別を受けるように本名を名乗るんだ」と。差別が恐いものじゃないんですよ。差別の中だけで生きるものじゃないですから。自分の誇りのために生きるんです。アイデンティティーを守るために生きるんですから。 差別する人は、狭量なことで自分たちが優位である、自分たちが強者だということで、差別をするわけです。いじめとか差別の形態はみんなそうです。自分らは優位で偉いんだと。自分らの方が一段上で、私達を見下げている。子どものいじめと全く同じです。弱い者いじめです。 はっきり言いますけど、いじめる者は強い者にはかかってきません。私は強く生きることを、高校卒業と同時に決意し個人的な差別を受けたことありませんよ。ただ法的に差別は受けましたが個人として、人間としては差別は受けませんね。 私の後輩たちは、差別を受けたりいじめられたり、暮らしの中でいろんな差別があったわけで、それに負けた方もいらっしゃって、だんだん同化していくっていうか・・・。まあ別に同化したから悪いとか、日本人になったから悪いとかいうことではございません。私の子どもも日本人と結婚しています。けれども、国籍はそのままです。だから夫婦別性で、日本と韓国のパスポート出して世界中旅行して、何の不自由もありません。生き方の問題です。だから必ずしも100%いいとかっていうと、多様な選択の自由な生き方もあるっていうことですね。 Fにつづく |