◇20才◇

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20才

 十年ひと昔と申します。清里グリーンパーク自治会を結成して十年。時の移ろいの余りの早さに感慨深いものがあります。私がこの地にお世話になってからの十年余りは、別荘地の管理会社に恵まれず水の問題で一時はお先真っ暗になったものです。これは皆様方にも私同様深刻なことであったと思います。人間というものは、試練に会い、苦難の時にこそ輝きも得るものです。知恵と勇気が生まれ、そのアクションは社会性を帯びて連帯感にまで発展します。必要と使命が皆様との出会いの機会を与えてくれたのです。時代と時を共に刻んでおいしい水や空気まで頂ける御縁を結ぼうと誰が考えられたでしょうか。本当に有り難いことであります。

 自治会結成の時の情熱は真摯でありました。今振り返れば奇跡のような出来事のようにも思えます。自主管理で自己の財産を守り、環境を守ろうという自治会が結成されてからの十年間は、波静かに何の支障もなく順調に管理運営されてきました。全てが皆様方のご理解あればこそであり、団結・強調・信頼・和の賜物であります。皆様の御協力とご支援に対し厚く感謝申し上げると共に、神仏にも感謝を申し上げたいと思います。

 ここに十周年を記念して、別荘地内に芸術性豊かな記念灯を設置できますことは、我が自治体の存在と心意気を内外に示し、会の将来を明るく灯してくれるものと心から喜ぶものであります。記念灯の完成は私達の誇りとなることでしょう。

 私が清里を初めて訪れたのは二十歳の時であります。SLに乗って清里に降り立ったときの感動が、清里での生活を決めたのです。満天の星の輝きはロマンチックで夢見るようでありました。澄み切った空気は、疲れ切った五感に瑞々しく生気を与えてくれました。八ヶ岳の優しい峰々は私の絵心を触発し、芸術への情熱を熱くさせました。雄大な自然は私の父母のように偉大な存在であります。その感動から、この地に身を委ねた三十年は夢のような年月でありました。又、少年老いやすく学成り難しの心境でもあります。その間、結婚、子育てと時は流れ、はや長女は嫁いで行きました。清里の思い出は私はもちろんのこと、子供の成長と共にあり、思い出の地、青春の地であり、永遠なる故郷でもあるのです。絆を強く結び会うことを確認しあって睦み合っていこうではありませんか。

 清里が静かになりました。落ち着きを取り戻し良き昔の清里になって帰ってきたようです。清里グリーンパークは何事もなかったように自治会を結成してはや二十年になりました。人間に例えれば成人式を迎えることになります。

 成人式を祝うための記念事業を別荘地内の環境整備(育ちすぎた雑木の伐採など)としたことは我々の自然保護に対する愛情の深さと自認します。振り返れば自治会結成以前のグリーンパークは生活環境(管理上のことで言えば特に水問題など)はお粗末の一言であります。人権など認められていなかったと言っても過言ではありません。

 自治会を結成する動機と行動は真摯に勇気に満ちており、苦難を乗り越えた私達の英知を誇りたいと思います。ここに至る会の運営に当たっては特に穂積威夫、八田高明両氏の物心両面からの援助がありました。我々の財産と生命を守っていただけたことは地の利、時の利は言うまでもありませんが人の利を受けていることは幸運であります。

 私と縁を結んだ四十年前の清里、そしてバブル期の清里、バブル崩壊後の清里を見るとき我々は何を学ぶべきか、どう生きるべきかを問われているように思います。謙虚で慎み深く感謝の心で生きよと諭されていることに気付かされます。清里は名に恥じない精神と哲学を悠久の時を刻みながら我々を静かに導いているように思われます。二十世紀は戦争と破壊の世紀であったが来る二十一世紀は文化と情(思いやりと労り)の世紀になると思われます。反省の心を失わず二十一世紀を創造し人格を磨いて生きねばならないと思います。我々の存在を示すためには創立時、会の規約に記した我々の誓い「我々は清里の自然を愛し、南グリーンパークをこよなく愛する。われわれは団地内の自然を守り、生活環境を整備して、文化的で豊かな生活を享受する。そのため我々は親睦を深め一致団結して協力し合うことを誓い、会の発展に寄与する。」という初心を忘れてはなりません。成人となった自治会、新たなる自立を胸に抱いて歩んで参りましょう。

<清里南グリーンパーク自治会10周年(1991)及び二十周年記念文集(2001)>

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