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光州市立美術館「花岡ものがたり展」開幕によせて

光州市立美術館が貴館名誉館長河正雄氏より木刻連作版画「花岡ものがたり」を寄贈されて以来、「花岡ものがたり」の展示について、綿密に検討・研究なされ、2004511日より51日間にわたって展示されるとうかがい、花岡の地・日中不再戦友好碑をまもる会は心からお礼を申し上げます。

光州市立美術館は、この展示に先立って、貴館編発行「河正雄コレクション図録2003」に「花岡ものがたり」全57点を紹介されておられます。この「図録」は、河正雄氏が大館市立図書館・国立国会図書館・各県立図書館へ寄贈されたことにより、韓国のみではなく、日本国内でも多くの人々の鑑賞するところになっております。この「図録」による「花岡ものがたり」紹介にもお礼を申し上げなければなりません。

貴館発行の「美術館生活」(20042月号)に「花岡ものがたり」展示の意義が簡にして要を得て記されておりますが、この意義は、河正雄氏の労作「人類の遺産・木刻連作版画『花岡ものがたり』」の中で強調されており、本会もまた共鳴するところであります。

「花岡ものがたり」は、花岡事件殉難者419人の鎮魂の作品でもありますが、乱掘による

坑崩落事件で生き埋めにされた日本人11人・朝鮮人11人(慶尚北道出身5人・慶尚南道2人・忠清南道2人・京畿道1人・全羅北道1人)の鎮魂もこめられていると思います。

この人々の一人一人が、侵略戦争遂行に不可欠な銅の急速増産政策の犠牲者であります。

日本国家による朝鮮人強制連行事件・中国人強制連行事件の近因は、中国全面侵略戦争拡大による国内の労働力不足によるものでありますが、その全面侵略戦争が日清戦争以降の朝鮮・中国に対する侵略の延長として発生したことを考えますと、両事件の遠因は日清戦争まで遡らなければなりません。

昨今、日本では両事件の戦争責任を不問に付し、朝鮮に対する植民地支配を正当化する風潮がみられます。本会はこの風潮に抗し両事件を追及しております。

このような状況の中で、貴館が、1992年11月の学生を中心とした抗日闘争、1980年5月の暴圧に対する学生・市民の人権・平和・民主主義擁護の闘いが展開された光州で「花岡ものがたり」展を開催される意義は実に大であると思います。

本会は光州市立美術館の「花岡ものがたり展」の成功を祈ってやみません。

20045月吉日

花岡の地・日中不戦友好碑をまもる会

代表 奥山 昭五


あ と が き

 花岡事件は、軍國主義日本の罪悪のかたまりのようなものである。これをてつてい的に追求し、えぐりとることは古い日本の腐つたカスをなくして、日本と中國のほんとうの友好をきずくいしずえである。これをあいまいにのこしておくことは、軍國主義のばい菌をつちかつておくようなもので、ふたたびおそろしい戰爭をひきおこすもとになる。

 この絵ものがたりは、平和を愛し、日本を愛し、日中両國の永遠の友好をねがう人々によつて、一大國民運動をおこすためにつくられた。あらゆる困難をおかして、闇にほうむられようとする事件の眞相について、調査に調査をかさね、これを、ほんとうにいきいきした藝術作品として表現するために、討論し、修正し、それこそ血の出るような努力がつみかさねられた。この作品は、在日華僑四万と日本の民衆のあいだにおこされた日中友好運動の力にささえられ、また、現地秋田の鉱山、山林労働者、農民及び民主的な團体とその運動に援助されつつ、友好運動者、画家、詩人、文学者、音楽家その他多くの人々の集團創作としてうまれたものである。これは日本の藝術運動の上に、あたらしい方向をきりひらいたものとして、藝術史の一頁をかざるものであろう。

 この困難な、劃期的な事業を遂行された関係者各位に感謝するとともに、読者の一人一人が絵本を日本のすみずみまで普及する一大國民運動に参加されんことを期待してやまない。

      一九五一・五・三0

        日本中国友好協会文化部


完全復刻版花岡ものがたり

  一九六六年の春、地元大館市をはじめ、全国のたくさんの人々の願いが集まり、日中両国の不戦友好を誓って「花岡事件」の地、大館市花岡に一つの碑が建立されました。

 高さ五メートルの大理石の碑面には「日中不再戦友好碑」の文字が深々と刻み込まれています。

 それから五年、私たちはこの碑を護り、さらにその精神を引き継ぎ広める

ために、「碑を護る会」を結成しました。復刻版「花岡ものがたり」の出版は、私たちの会の最初の事業の一つです。

 この「花岡ものがたり」は、一九五一年に日中友好協会秋田県連の鈴木義雄氏等が中心となり、多数の民主的芸術家や労働者が直接花岡に入り、大館市に寝起きしながらの共同労作として完成されたものであり、版画を担当したのは新居広治氏や滝平二郎氏でした。(「日中友好新聞」第七三九号、箕田源二郎氏の文参照)

 「花岡ものがたり」は、「花岡事件」を歴史的に正しく位置づけたいという記念碑的評価からばかりでなく、芸術的価値の高さにおいてもさん然とかがやいています。

 私たちは、この復刻本を普及するなかで、日中友好・日中国交回復・日中不再戦の誓いをさらに広め、深めようと願っています。

 機会あってこの本を手にされたみなさんの運動への参加を心から願ってやみません。

 尚、復刻版の性格からして原本中の誤植はそのままになっていますが、「秋葉山」は、明らかに「獅子ヶ森」の地名の誤りですので、重要なこの一ヶ所だけ訂正を付記しておきます。

        一九七一・一0・一

   花岡の地「日中不再戦友好碑」を護る会

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