◇交流の進展◇

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大柴恒雄高根町長は、五町田特別組の浅川巧追慕墓参に際して、韓国山林庁林業研究院長あての親書を清水九規墓参団長に託した。
 親書には、浅川巧の勤務していた林業研究院の庭の松の木のところに、浅川巧の顕彰碑を高根町として建てたい。浅川巧の墓地には日本式の石塔を建て、高根町としてご供養をいたしたい。さらに浅川巧の関係する町村と姉妹町村の縁組を実現し、日韓の友好親善を深めたいというような内容であった。はからずも、手塚先生の想いと町当局の願いが一致したことは、偶然のなせるわざではないのだ。        追って、韓国側から高根町長宛てに届けられた返書は、誠意あふれるものであった。

 「林業研究院は国家機関でありますので、浅川巧先生の偉業を継承・保存・暢達するための韓日間の記念事業を直接推進するには多くの難関があります。 去る一一月七日、一九六〇年代浅川巧先生墓地修復時、林業試験場在職職員中今後浅川巧先生の記念事業推進に意を共にする退官者たちが集まり、洪林会浅川巧先生記念事業委員会を組織して、韓日文化交流団体である韓日協会(会長趙萬済)の積極的な支援を受けることにしています。

 今後韓国においての韓日間浅川巧先生の記念事業と参拝に関する連絡等は、洪林会にして下さるようお願い申し上げます。

貴親書に関し、

1、林業研究院内記念碑建立の件、現在、林業研究院で政府と協議中でありますが、多少時間が必要であります。

2、日本式墓地(石塔)建立の件、ソウル特別市長から葬墓施設使用許可(一九九四年五月二三日)を受けていますので、許可面積(六坪)内での建立ならばいつでも可能であり   ます。

3、高根町と浅川巧先生生活地(官舎所在)洞(清涼里第二洞)との姉妹結縁の件、当時の元住民がまったく居りません。また浅川巧先生の史蹟もありませんし、今後林業研究院内に記念碑を建立するとしても、国家機関内に位置していますので洞民とのつながりは別にありません。今後の墓地管理上、墓地所在洞との姉妹関係結縁に有意すべきだと思量いたします。

一九九五年一一月一三日
洪林会 浅川巧先生記念事業委員会幹事長  趙 在 明」

 双方が誠実に誠意を尽くせば、必ず意志が通ずるものと、交流の進展に期待がふくらむ。

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