◇「灼けつく渇きで」◇

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私は「望月洞(マンウォルドン)」と呼ぶだけで自然に瞼が潤む。望月洞を思うだけで、胸がしめつけられる。光州を思えばぶ望月洞が脳裏にうかぶ。私は、前夜祭の夜、錦南路の道庁前広場でもずっと望月洞を思っていた。
 一九八〇年五月一八日の記憶は、人それぞれに鮮明に焼きついて、その記憶は日々新たな痛恨の潮となってよみがうる。ここでオ・イルパル(5・18)を語り、私の胸のうちを語ることは、あまりにも切ない作業である。精神的ストレスが大きすぎるので、胸にしまっておきたい。
公演の合間をぬって、公演団は、望月洞の犠牲者が眠る墓地に参拝し、花束を捧げて慰霊した。

 墓地に迎う沿道には、友人の姜連均画伯の環境設置美術が展示されていた。全国から寄せられた色とりどりの慰霊ののぼり旗が無数にたてられて霊を慰めていた。コスモスが色やさしく風にそよいで美しかった。
 墓域では、5・18事件を主題とする「統一美術祭」が、光州ビエンナーレに背を向ける形で行なわれ、「アンチ・ビエンナーレ」の落書きさえ目についた。ビエンナーレを正面から取り組んだ私は、アンチ・ビエンナーレではないかと思った。
 わらび座の一行が、金芝河の「灼けつく渇きで」を合唱した。みな眼にいっぱい涙をうかべ、頬に流れる涙をぬぐいもせずに、こぶしを握りしめ、体を震わせながら歌った。

   夜明けの裏通り 呼び子の音長い悲鳴

   よみがえる血まみれになった友の顔

   灼けつく胸の記憶に

   むせび泣き息ころして

   ひそかにおまえの名を書く

   民主主義よ おお民主主義よ

   おお民主主義よ

 強く吹きつける風が、歌声を大地に叩きつけ、天空高く舞い上がらせるように感じられた。
一番若い団員、十九歳の菅原円君が、三〇分も泣きつづけた。すすりあげこみあげてくる涙を止めなかった。私は近づいて、その肩をかたく抱きしめた。 「円君ありがとう。君が涙してくれたことを、地下の愛国者たちがどれほど喜んでくれていることだろう。韓国の人たちに成り代って僕は感謝するよ。悲しいから苦しいから泣いたのではないよね。誓いの涙、感謝の涙だよね。これからもともに未来のために一緒に涙を流そうね。」

 彼の体は熱く、汗でびっしょり、ブルブルと身を大きく震わせて真赤な眼でうなづいた。私はもう一度彼を強く抱いた。彼のやさしい温かい心がそのまま伝わってくるようで、すがすがしく心洗われる思いであった。

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