◇わらび座ソウル公演◇

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わらび座ソウル公演に備え、訪韓する「津軽」班の皆さんとの出会いがあった。六月二二日、わらび座浦和会館でのことである。「津軽」班の皆さんとは昨年川口市民会館での公演の際お目にかかっているので旧知の仲であったが、座代表の原由子先生が、秋田からわざわざお出かけ下さっていたのには恐縮した。勉強会ということで私の話を聞くという趣旨のようだ。
全員が韓国訪問は初めての経験ということで、彼等はある興奮と好奇心、気負いと不安が入り交じっているように思えた。無理もない。戦後初めての日本民族歌舞団公演なのだから。
すでに出掛ける前からある種の緊張感が漲っているのはわらび座の体質なのだろうかと一瞬思った程で、硬い雰囲気であった。「これはヤバイぞ」と思いながら、私は話を始めた。
わらび座との出会い、秋田での幼少年の頃のこと、田沢湖の姫観音のこと、祖国韓国との出会い、光州市での盲人福祉会館建立、光州市立美術館への絵画寄贈のいきさつ、そしてこの度のソウル公演に至るまでの経緯など、二時間もの間、私の思いを一気に語らせていただいた。
彼等は、一昨年出版した拙著『望郷-二つの祖国-g』を読んでくれていたようで、一つ一つ確認するかのように聞き入ってくれたので助かった。
韓国を知っていただくにはまず始めに在日韓国人の私を理解していただくことが先決と考えたからだ。
その日彼等と打ち解けてこの硬さを取るのには、一杯飲んで懇親するのが一番の近道と心がけていた。が、その夜東京で、「離別(イビョル)」で知られる吉屋潤の追悼の集いがあって、一方的なおしゃべりに終始、はたして話した意義があったろうか、お役に立ったろうか、私の思いは通じたろうかと、自問自答しながら終らせていただいた。



 「韓国国際舞踊フェスティバル」の日本代表として参加したわらび座の原由子先生は、七月一九日、ソウル「芸術の殿堂」と呼ばれるアートセンター「土日劇場」でオープニングの挨拶で次のように述べたのである。        
「日韓両国民の和解の抱擁と握手を願う」
「今から四十五年前、私たちわらび座は、戦後の焼け跡で平和を願い日本の民族歌舞を上演するという仕事をはじめました。その観客の中で、日本在住の韓国・朝鮮の人々が大へん喜んでくださって、自然に立ち上がると大勢で韓国舞踊を踊りだす、夜は皆さんの住居に招いてマッカリを飲ませキムチを馳走してくださる。とっておきの錦の上衣を、舞台で使えと、貧しい暮しの中で私たちに下さった方もあります。両国の、民族芸能を愛する人々が心を一つにして四十五年前、まだ生まれたばかりの私たちの仕事を、こうして励まして下さったことが忘れられません。」なんと飾らない率直で感謝に満ちた言葉であろうか。その日の観客は、日本の、わらび座の心をつかんだと言って過言ではないと思う。
大きな喜びと共に感じられる責任と緊張は、言葉では言いつくせぬ重いものがあったことが理解される。
その夜のわらび座の公演は、舞踊詩「祈り」。津軽じょんがら節の三味線の響き、和太鼓の勇壮さ、ねぶたの跳ね人の律動で、わかりやすい庶民の暮らしと哀歓を韓国の人々は共感をもって拍手をした。わらび座の舞台にみな共鳴し素直に反応したのである。
劇作家朴容九実行委員長は、作曲家金順男との交友から原太郎との出会いの話をされ、日本との縁り、人々との交流を大きな流れとしてとらえ、この度のわらび座の公演の意義の大きさを語ってくれた。
ITI世界本部会長金正 先生は、最初わらび座の公演に対しては偏見があったと率直に語り、品位があって人類への愛情があふれていたと感動的に語った。          玖 弦

 孫振策劇団「美醜(ミチュ)」代表は、時間や空間そして民族を超え、新鮮な衝撃を受けたという。世界的な普遍性を持つ民族劇の確立をめざす「美醜」の精神とわらび座の志向は異なっていないことを確認したのである。
その夜のホールは、韓国を代表する著名な演劇関係者や観客に、わらび座のイメージを決定的に植え付け、同じ臍の緒で結ばれていることを認識しあっていたと思う。
わらび座韓国ツアーに参加してこの公演をみた歴史学者大江志乃夫茨城大学名誉教授は、ソウルの舞台で日本の民族舞踊を踊り、和太鼓をとどろかせるとは夢のようだと驚天動地の快挙と語ったが、何、そんなに難しいことでもなかったのである。 昭 柄
鄭浩中央大学教授は、「今回のわらび座の韓国公演は、韓国の芸術界に大きな影響を与えるでしょう」と一言で述べてくださった。
 私は、理解と親善の絆を実り深く結んだ歴史的な韓国公演の成功を心から喜び、意が通じたことを在日韓国人として安堵した。近くて遠いといわれてきたが、一衣帯水ー近くて近いのだ。

 七月二五日、ソウル公演のすべての日程を終えたわらび座が、ブラジルのサンパウロ公演にむけて金浦空港から飛びたった。秋田の田沢湖にあるわらび座が、世界を股にかけて国際文化交流親善大使として果たされている様を、故郷を同じくする者としてどんなに誇らしく頼もしく思ったかは想像していただけるものと思う。一回りも二まわりも大きな翼になって雄飛するわらび座の芸術は、普遍性があって、世界から迎えられていることを実感した。

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